レジェンド登場

先日紹介したステノカクタスの1株、何気なくラベルを見たら1963年とある。これには驚いた。我が家で古い株の代表と言うと大きな金鯱2株とヘキルリランポー玉の大株だ。どちらも1964年頃購入したもので、今年で51年目になる。そこで改めて古い記録を見ると、私は1963年に竹尾サボテン栽培場、鶴仙園に次いで長野の青柳紅花園にサボテンを注文しており、その青柳から太刀嵐(Echinofossulocactus phyllacanthus)直径2.7cm 35円で購入しているから間違いない。当時太刀嵐とは長い中刺を持つ観賞価値の高い刺物的色彩の強い個体を意味していた。後年メキシコを訪れ、フィールドの初日に見たのがこのフィラカンサスだった。ただし本物のフィラカンサスは刺の短いクリーム色花の小型種で、その時初めて日本で太刀嵐にフィラカンサスの学名を充てることの間違いに気付いたのである。それ以来、我が家の太刀嵐は学名不詳ということになって、今日に至っている。この株、非常に育ちが良くて、一時は5号鉢でも小さい位立派な株に育ったが、根腐れして胴切りし、仕立て直した経緯がある。それ以来20年位になるだろうか。もう若い時のような素晴らしい刺は出ず、どこでも見かけるような特徴のはっきりしない多稜玉類の1つになってしまった。だから余計おざなりに扱ってラベルもろくに見なかったのだろう。1963年と言えば私が12歳で多分中学1年だったのだろう。その時以来私と人生を共にしてきたレジェンドが1つ増えた感じで、何とも嬉しい話だ。ちなみに我が家で一番古いサボテンは小学校5年生の時担任の女の先生がプレゼントしてくれたマミラリアの金松玉(Mammillaria prolifera )で、これはまだかろうじて生きている。次に古いのが1963年、青柳紅花園の前に注文した鶴仙園の海王丸(Gymnocalycium paraguaynse)だ。これらは丈夫だから捨てない限りは、子株も出るし代々残って来た。そしてこの太刀嵐、翌年の金鯱の順になる。皆さんは、よくそんな古い記録を残してあるよと驚くだろうが、植物に対する愛着があるからこそ、このような記録として残っているのだ。その太刀嵐が1枚目、52年目の花だ。2枚目はテロカクタスの天照丸(Thelocactus conothelos)、赤花鳥羽玉(Lophophora williamsii)、アロハドア・ディナエ(Arrojadoa dinae)、鶴の子(Mammillaria haageana)、白花バラ丸(Turbinicarpus valdezianus)、白斜子(M.pectinifera)の順だ。解説は省くので花だけ楽しんでいただきたい。
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